街道をゆく18・苔を見たい

『街道をゆく18』は越前の諸道です。

 

実は三年前(2013年2月21日)の投稿

苔でおおわれた福井平泉寺の境内

に続いて二回目の紹介になります。

 

司馬遼太郎の『街道をゆく』を

苔、シダ、もみじ等の植物に注目して

読み直してみるきっかけとなった本です。

 

今回は前回の「菩提林」以外にある

苔やシダの記述を紹介します。

 

まずは羊歯(シダ)。

 

「宝慶寺の雲水」より

「土手には、一面に羊歯が群生して、

どういう光線のかげんか、

塗料をぬったように青が強かった。」

 

これは宝慶寺に向かう山道で

深い杉木立の道の土手の記述です。

 

そして苔(コケ)。

 

「越前勝山」より

「あす平泉寺に行ってを見たいと思っている。」

 

司馬さんが苔好きなのは間違いありません。

平泉寺に行ったのは

なんと苔を見るのが目的だったのですね。

何度も読んでいたのに見逃してました。

 

そして「菩提林」での苔があり

さらに「木洩れ日」にも

苔の記述が続きます。

 

「木洩れ日」では

濡れた苔や苔庭のこと

そして苔の色のことなどと

苔の記述が続きますので

また次の機会に紹介したいと思います。

 

 

穀雨が過ぎて雨が増えたようです。

春紅葉はもう色あせてきました。

来週にはもう皐月ですね。

 

『街道をゆく』司馬遼太郎
18・越前の諸道

モミジの赤い新葉と春紅葉

ヤマモミジの新葉

ヤマモミジの新葉

出猩々の春紅葉

出猩々の春紅葉

小さな鉢植えのモミジたちも

新梢を伸ばし

新葉が広がりました。

 

ヤマモミジは(上の写真)

葉先にうっすらと赤みを帯びた

きれいな新葉です。

 

ちなみに

ヤマモミジとイロハモミジを

区別するのは難しいようです。

今のところ

まったくわからないないですね。

 

 

真っ赤な新葉が広がっている

(下の写真)は

春紅葉の出猩々(デショウジョウ)です。

 

出猩々は新芽が出始めてから

真っ赤な新葉が広がる

今頃がきれいな時季です。

秋には紅葉しません。

 

今頃の時季は

公園などのイロハモミジをよく見ると

小さな赤い花が咲いていますよ。

 

モミジは秋の紅葉はもちろんですが

春の新葉から初夏の新録も美しく

紅葉の後の冬枯れにも趣があり

一年をとおして愉しめる樹木ですね。

 

 

四月も半ばを過ぎ暖かくなりました。

今日は南風が強いです。

 

双葉からモミジらしい新葉へ

イロハモミジ双葉から新葉へ

イロハモミジ双葉から新葉へ

イロハモミジの双葉の後から

切れ込みのあるモミジらしい新葉が

次々に広がり始めました。

 

最初の新葉が出てきたのは

四月に入ってすぐです。

 

モミジの種から芽が出始めたのが

三月の上旬でした。

 

三月下旬の双葉の様子を

モミジの種から芽が出ました

(3月26日投稿)で紹介してから

たったの一週間後。

 

モミジが発芽してから一カ月ほどで

双葉から切れ込みのある新葉に

かわりはじめました。

 

こんなに小さくても

ちゃんとモミジの葉の形なんですね。

 

茎が細くてか弱いです。

水をやると葉にのった水の重みで

倒れてしまいます。

 

それでもいつのまにか

また立ち上がって伸びています。

今のところみんな元気そう。

 

四月はモミジ・カエデの仲間は

新梢を伸ばし、新葉が広がります。

小さな鉢植えのモミジたちも

新葉を広げはじめました。

 

 

清明(せいめい)の頃は

新しいことが始まるのに

ふさわしい季節ですね。

 

『街道をゆく17』苔と海苔

『街道をゆく17』は島原と天草です。

 

苔(コケ)という文字が六回出てきます。

 

苔はコケ、ゴケまたはタイと読みますよね。

たとえば山苔ならヤマゴケと読み

蘚苔類なら、せんたいるい です。

 

しかしながら

海苔はうみごけ!ではなく、もちろんのり。

 

海苔は当然ながらコケ植物ではありません。

水中の岩石に苔のように着生する

食用の藻類を海苔というようです。

 

苔というのはコケ植物も地衣類もシダ類も

そして藻類までもコケなんですね。

 

 

まず一つめの苔。

「松倉重正」より

「当時、順慶は三十半ばで、

老獪といえるほどに

のついた年齢でもない。」

 

当時とは、天正十年本能寺の変のあとの

秀吉と光秀の山崎の合戦当時のこと。

 

そして順慶とは筒井順慶。

この筒井順慶の老臣に松倉右近があり

松倉重正の父です。

 

松倉重正は徳川家康に気に入られて

島原半島一円の領主となりましたが

その愚かな息子とともに

島原の乱をひきおこす原因をつくった

という忌むべき人物。

 

 

二つめは銭苔。

「侍と百姓」より

銭苔(ぜにごけ)のはえた

石垣と石垣とのあいだから

こうもりでもとびだしてきそうな

刻限で、(以下省略)」

 

島原の鉄砲町(てっぽうまち)の描写です。

ゼニゴケは二回目の登場ですね。

 

 

そして三つめが海苔。

「北有馬」より

「アオサとよばれる青海苔もふんだんにとれた。」

 

アオサと青海苔は色は同じですが

形や香りが違う別物のようです?

詳しいことはわかりません。

 

 

四つめ。

「板倉」より

“「板倉内膳正重正の碑」という

石碑もそのひとつで、

碑面にの枯れあとが

青さびている。”

 

板倉重正は島原の乱鎮圧の

幕府方の総司令官で

総攻撃の先頭に立ち戦死した。

 

 

五つめ。

「延慶寺の梅」より

「樹齢は五百年ほどだという。

ぜんたいに低く、

の丘いっぱいにひろがっている。」

 

兜梅(かぶとうめ)という梅の木だそうですよ。

 

 

六つめ。

「崎津」より

「海に対して玄関があり、

さらに玄関から石段が、

海面に向かって降りている。

潮の洗う段には、青苔がついていた。」

 

江戸期以来、

崎津を代表する宿だったという

紋付屋の玄関の描写です。

 

青苔(せいたい)は緑のコケ

のことなのですが

これはコケなのでしょうか

それとも藻なのでしょうか?

 

 

四月に入りました。

桜は満開、花曇り。

明日は暖かそうです。

 

『街道をゆく17』司馬遼太郎
島原・天草の諸道