枯山水と苔(コケ)

司馬遼太郎の『街道をゆく』を読んでいたら

枯山水(かれさんすい)について

簡潔に説明してある文章がありました。

 

石垣島に現存する首里王朝の役人の屋敷に

江戸時代末期の文政二(1819)年に作られた庭が

枯山水だったことから司馬さんが書いた文章です。

 

枯山水というのは池もなく遣水(やりみず)もなしに

石組(いわぐみ)だけで山水を表現する作庭形式だが、

滋賀県の園城寺金堂の庭園などを見ると、

平安期からこの思想はあったらしい。

しかし完成したのはよく知られるように室町期からで、

この様式が江戸期に八重山諸島にまで及んでいたということは、

不覚にも知らなかった。

ただ、材料がちがうために、全体としての趣(おもむ)きは、

本土の枯山水とちがっている。

石は主としてサンゴ礁の石だし、土地柄、苔(こけ)がつきにくく、

また使われている樹木も陽気な亜熱帯種のものが多い。」

 

司馬さんでなくても石垣島に枯山水というのは

ちょっと意外な印象をもつのではないでしょうか。

 

枯山水というのは、水を使わずに

石や砂などによって水の風景を表現します。

ですから池や庭園内の水の流れである遣水はなく

白砂や小石を敷いて水面に見立てます。

また、自然の石を組み合わせて配置する

石組で山や滝の風景などをつくります。

 

枯山水といえば京都の龍安寺(りょうあんじ)方丈庭園が

「龍安寺の石庭」として有名ですが

室町時代の禅宗寺院で発達したものです。

 

園城寺(おんじょうじ)は

平安時代からひろく信仰をあつめてきた寺院で

一般には「三井寺(みいでら)」として知られています。

池泉観賞式の庭園の中に

枯滝の石組みが組んであります。

また平安期の寝殿造庭園にも

枯山水の部分があったようです。

 

司馬さんは趣のちがいについて

まず材料の石のちがいをあげています。

これは当然としても

つぎに苔(こけ)のつきにくさについて

指摘してあり、うなずけました。

 

石と砂の庭、枯山水

やはり苔のある風景がいいですね。

 

『街道をゆく 6 沖縄・先島への道』(司馬 遼太郎)より引用