街道をゆく42・苔筵

『街道をゆく42』は鎌倉と横須賀です。

 

鎌倉で苔(コケ)が登場しました。

 

まずひとつめの苔。

 

「化粧坂」より

「夜具は筵(こけむしろ)だったという」

 

化粧坂(けわいざか)は鎌倉七口のひとつ。

鎌倉時代後期、二条という公家の娘が

出家して鎌倉に向かいました。

鎌倉に入る前夜、江ノ島の岩屋に泊ります。

旅装の上に重ね着し

筵のような苔の上でやすんだようです。

 

ちなみに万葉集には苔筵の歌があります。

「み吉野の青根が峰の苔むしろ

誰が織りけむ 縦緯(たてぬき)なしに」

 

 

ふたつめの苔。

 

「青砥藤綱の話」より

「それらの岩肌が、湧き水に濡れて、

さまざまなを育てている。」

 

司馬さんは鎌倉七口のひとつ

朝比奈切通を歩きました。

 

執権北条泰時のときにつくられたこの道は

昭和31年まで700年以上使われました。

いまも土の道のままで

ハイキングコースになっています。

 

ちなみに

青砥藤綱(あおとふじつな)は

執権北条時頼に仕えた武士です。

 

鎌倉の滑川に落した10文を

50文かけて松明を買い捜したという

逸話が『太平記』にある人物です。

 

司馬さんが子どものころには

教科書にのっていた有名な話だそうです。

聞いたことがあるような気もしますね。

 

 

22日に降った雪がまだ所々残っています。

ほんとうに寒いですね。

明日からもまだ寒い日が続きそうです。

 

 

『街道をゆく』司馬遼太郎
42・三浦半島記