街道をゆく34・石も苔も

『街道をゆく34』は大徳寺と

中津・宇佐です。

 

「大徳寺散歩」になんと四か所

苔(コケ)が登場します。

 

まずひとつめの苔。

 

「大徳寺散歩 念仏と禅」より

「石もも土も樹も、みな清らかで、

これは臨済禅とふかくむすびついている。」

 

大慈院の描写の一部です。

 

京都の紫野にある大徳寺は

鎌倉時代末期に大燈国師が開創した

臨済宗の大本山です。

 

応仁の乱で荒廃しましたが

あの一休和尚が復興し

江戸初期には沢庵和尚がいたそうです。

 

ふたつめの苔。

 

「大徳寺散歩 松柏の志」より

「その間に松などがあしらわれ、

また数百年、掃ききよめられることによって

滑ったようになっている石畳と、

露に息づいているの敷物が、

きよらかさの脇役をなしている。」

 

大徳寺全景の描写からです。

 

その間とは三門、仏殿、法堂、本坊が

南北に一線にならんでいるその間。

 

みっつめの苔。

 

「大徳寺散歩 風飡水宿の譜」より

「門を入り、の小径をつたって

やがて屋内に入ると」

 

こちらは高桐院です。

 

大徳寺の本坊は一般には非公開で

塔頭も非公開のところが多いのですが

高桐院は一般公開されています。

 

ちなみに

風飡水宿(ふうそんすいしゅく)とは

「風を食い、水のほとりで寝た」

という意味で

一休さんが大燈国師のことを書いた

詩のなかにある言葉のようです。

 

そしてよっつめの苔。

 

「大徳寺散歩 肥後椿」より

「火袋の上の笠はむしている。」

 

石灯籠の描写です。

 

大徳寺は桃山時代以来

千利休など茶人との関係も深く

茶道の本山としても知られています。

 

高桐院には千利休に師事した

細川三斎(忠興)の墓があります。

 

利休が天下一という銘をつけたという

石灯籠を墓石にしてあるそうです。

 

禅寺に苔が似合いますね。

 

 

梅雨入りしてから

あまり雨が降っていません。

どうやら今年はカラ梅雨のようです。

 

『街道をゆく』司馬遼太郎
34・大徳寺散歩、中津・宇佐のみち